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2006年8月 1日 (火)

小川和佑 著『名作が描く昭和の食と時代』(竹林館刊・06.4.20)

 昭和という時代を遠望することは、もちろん、ただ回顧的になにかを振りかえるということを意味しない。近代天皇制下の元号歴でいえば、昭和という時代区分がもっとも多くの時間性を累積したことは確かだが、十五年戦争を通してわが国が、歴史的に大きな転換を強いられる契機をもったということを重大なファクターとして了解のなかに入れなければ、時代論としての意義はないと思う。
 長年にわたって多くの文学評論をなしてきた著者が、あえて(といってもいいであろう)、「文学作品」と「食」を連結させて本書を著わしたのは、通俗的な「食文化論」を提示したかったからではないし、ましてや、書名に表われているような、「名作ガイダンス」のバリエーションを、いまさらのように試みようとしているわけではない。
 昭和一桁生れの著者の世代は、十代で“十五年戦争を通した転換期”を体験するという、もっとも苛酷なアドレッセンスを持っている。もう少し年長であれば、まだ自らの体験に対する相対化ができる。また、年少であれば、後年、体験の浮遊の仕方は、ある種の濾過のされかたによって、リアリティ性は昇華されることとなる。だが、著者たちの世代は、そうではないのだ。本書の中で、一九三〇(昭和五)年生れの著者が自分と同世代作家だった高橋和巳(昭和六年生れ)や開高健(昭和五年生れ)に共振していくのは、当然のことだ。
 「高橋和巳の『邪宗門』(一九六六・昭和四一年)と、開高健の『青い月曜日』(一九六九・四四年)の二冊の長篇小説は少年期の飢餓体験に深く根ざした小説であった。
 彼らと同世代の戦中・戦後に生きた都市の少年たちは、高橋、開高らと同じ、肉体的にも精神的にも、『飢える魂』を抱いて過ごした世代であった。
 その『飢える魂』が高橋和巳に『邪宗門』を書かせたといってよい。(略)千葉(引用者註・作中主人公)の閉じた両眼から涙が一筋頬を伝わり落ち、そのまま倒れ伏して息絶える終章は凄絶というよりも、これ以上、文学ではもう哀しみを描くことは不可能だろうという思いを読者に与えずにはおかない。」(119~121P)
 空襲によって焦土と化した都市(特に、東京や大阪といった大都市)には、飢えと寒さによって多くの小さな生命が失われていった。そいうことのイメージ像が、『邪宗門』の終章に投影されていると著者は見事に捉えていく。
 だから、著者・小川和佑が本書で展開する「食」を通した昭和時代論は、今日の繁栄の中に潜在する哀しみを描出している文学作品を丹念に読み解くことによって成立させているものだ。「食」することの極限、食人行為(大岡昇平の『野火』や武田泰淳の『ひかりごけ』)から、反「食」行為の極限、断食して自死へと向かう高橋和巳の『邪宗門』まで、人間存在の深度を探る批評性は、際立っている。
 「昭和の文学が描いた食は人間の生きる哀しみに満ちている。
 繁栄の現在の時間の、はるか半世紀の彼方にこの哀しみがある。しかし、その哀しみに立ち合い、涙を流した人々の多くは老い、死んでいった。」(132P)
 こうした視線から、では現在という場所はどう見えてくるのだろうか。村上春樹の『ノルウェイの森』のなかの「食」の描写を「歓び薄い食」であると捉えながら、次のように述べていく。
 「満足感とはおよそ遠い食卓の風景である。半世紀五〇年、二つの異なる時代をを経てきた昭和の生活感覚は明らかにこの描写のように変質した。(略)食事を決して、楽しみながら食べてはいない。義務のように食べる。そして、なかば手をつけて皿を下げさせる。それはしばしば見る光景である。拒食の時代なのだ。空腹を知らない世代。」(168~169P)
 作品論を通して、現在の時間に漂うものを透徹しようとする著者の方位は、「飢える魂」が無化してしまった場所だ。
 それでも、わたしは(たぶん著者もまた)、本書のなかで論及されている例えば、宮沢賢治や堀辰雄がもっている「食」へのイノセントな憧憬感というものを切実な思いとしたいのだ。
 「賢治の飢渇にも近い東北近代化の夢語り」である「食」の詩にあふれるもの(28P)、東京下町育ちの辰雄が「焼きたてのパンの香りは異文化の発見」だとして書き留める詩篇(49~50P)、著者に導かれながら、こうした「食」への憧憬感が、いま、失われてしまったことをあらためて考えざるをえない。もう一度、わたしたちは原初の場所へ視線を向けるべきなのかもしれない。

(『図書新聞』06.8.5号)

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