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2006年11月24日 (金)

「秋山清紀行 11」

 大正十二年四月、日大予科入学のため上京した秋山は、けっして恵まれた学生生活を送れる身分ではなかった。まもなく夕方から京橋・第一生命の建物のエレベーターボーイとして働くことになる。当時を振り返って秋山は、「私が経験したはじめての社会だった」し、「そこで学んだことも多かった」と述べている。また、学友として斎藤峻を知る。斎藤と出逢わなければ、「詩を書き、そして詩集を出す」ことはなかったし、「バクーニンの破壊の思想」も知ることがなかった。後に、斎藤とともに詩誌『詩戦行』を創刊する。戦後は、『コスモス』にも参加し、長い関係が続いた。
 この年の九月一日に関東大震災が起きる。そして、この大震災を挟んで、「東京に行って機会があったら会ってみたいと思」っていたふたりの人物が相次いで「平和ではない死に方によって」亡くなっている。有島武郎(七月七日に女性と共に縊死していたのが発見される)と大杉栄(九月十六日に虐殺される)だ。秋山にとってふたりの死と大震災は、大きな衝撃と悔恨さらには傷痕を残すことになる。十九歳という青春期の渦中で、秋山が送った大正十二年という年は、その後の秋山の生きかたや考えかたに大きな影響を与えた時期だったことは間違いない。  

(「秋山清ワールド・秋山清著作集Website」、『図書新聞』06.12.2号)

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