« うらたじゅん 著『嵐 電 RANDEN うらたじゅん作品集』(北冬書房刊 ・06.9.20 ) | トップページ | 「秋山清紀行 11」 »

2006年11月24日 (金)

西川徹郎 編集『銀河系通信 第十九号』(茜屋書店刊・06.8.25)

 六年ぶりに第十九号が発行された。しかも、この間の空白を埋めるかのように重厚な作品・論稿群で構成された七〇〇頁を超える大冊として。誌名を『銀河系つうしん』から、『銀河系通信』に変え、判型もB5判からA5判に変更された。
 西川徹郎は極北の地にて孤高の俳句表現者としてあり続けながら、俳句の〈世界性〉を追求している。もとより、俳句に限らずなにがしかの自己表現に関わる領域は、俳壇、歌壇、詩壇、文壇とすべてに渡って不透明でしかも縦割りの閉じた幻想共同体を形成し、そこに安住し続けている限り、表現性は保証されていくという自己撞着の位相を持っている。例え、極めて作家性が強い表現者であっても、知らず知らずのうちにその環界に入ってしまえば、停滞した表現に陥ってしまっていることをわたしはしばしば目にしている。
 また、吉本隆明の『試行』を例示するまでもなく、個人誌、あるいは少数者によって発行される雑誌が、深度ある内実をもちながら継続させて発行していくことは並大抵の膂力ではできない。しかし、創刊して二十二年、斎藤冬海という最高の伴走者とともに、西川は、『銀河系通信』という場所を通して、さらに加速し、疾走しているのだ。

 マネキン横抱きに走れはしれと青みぞれ(『死亡の塔』)

 個人誌というかたちをとりながらも、『銀河系通信(旧・つうしん)』は、これまでも多彩な表現者に誌面を開いてきた。当然、俳壇・文檀的な繋がりは採らない。今号もまた、再録を含め、吉本隆明、芹沢俊介、川本三郎、笠原伸夫、稲葉真弓、吉本和子といった名が連なっている。
 本号の内容を簡潔に列記してみればこうなる。
 巻頭に置かれた「俳句の前線(皆川燈/星野泉)」に続き、西川の「誌上句集 銀河小學校 自選二千句」が配置され、「特集Ⅰ 世界文学としての俳句」、「特集Ⅱ 寺山修司とは誰か」は、西川の論稿・講演録を中心に収めつつ、五十嵐進の「西川徹郎論ノート」をはじめとした秀逸な西川論を幾篇か収める。五年前に他界した『吉本隆明全著作集』の編集で知られる川上春雄は、斎藤冬海の父の友人であり、西川・冬海の二人にとって敬愛する吉本隆明に連繋する詩人として通交を重ねてきていた。「追悼 川上春雄」という一章を設けているのは当然のことだ。特集のようなかたちで川上春雄を追悼した雑誌は、これまで本誌ただ一誌であることを強調しておきたい。以下、「特集Ⅲ 小笠原賢二 極北の詩精神」、「特集Ⅳ 孤高の詩人」、「第三回 銀河系俳句大賞 決定発表」(註・受賞者は平敷武蕉)、「特集Ⅴ 修羅の日本文学史」、「特集Ⅵ 漂泊の詩人 高橋紀子」(註・吉本隆明の実妹)、「特集Ⅶ 現代俳句の異星 三十四俳人」(註・阿部完一、伊東聖子、大井恒行、柿本多映、宗田安正、安井浩司他)、以下「銀河系の彼方へ」と題した書評などの再録やエッセイ群が続く。そして最後に西川による「黎明通信No.19」が置かれる。
 「星月の光が湖水を通って湖底の白砂を間近に浮かび上がらせて輝くのと同じく、私の俳句は遥かなる銀河系銀河の星々の光を受けて〈生の全体性〉の悉くが湖底の白砂のように輝く。有季・定型の文語俳句が季語・季題を主題とすることに対し、私の実存俳句が〈生の全体性〉や〈生活の総体〉を主題として書かれていることは、私の論文(略)の中で既に明確にしておいた。」
 「私は、〈文学としての俳句〉の樹立の為に、『反季・反定型・反結社主義』を掲げて、血塗れた筆剣を以て修羅を持続し、この〈俳句革命〉の闘いを何処までも戦い抜くことを、ここにあらためて宣言しておく。」
 この熱く鮮烈な表明を、わたしもまた支持してやまないといっておく。

(『図書新聞』06.12.2号)
                 

|

« うらたじゅん 著『嵐 電 RANDEN うらたじゅん作品集』(北冬書房刊 ・06.9.20 ) | トップページ | 「秋山清紀行 11」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« うらたじゅん 著『嵐 電 RANDEN うらたじゅん作品集』(北冬書房刊 ・06.9.20 ) | トップページ | 「秋山清紀行 11」 »