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2006年7月28日 (金)

「つげ義春の初期(2)」

 「短編集」に続いて、「初期傑作長編集」が現在、講談社から刊行中だ。最新刊の第三巻にふれてみたい。忍者漫画を中心に編まれたこの作品集は、白土三平の絵柄に近似しているものの(『忍者武芸帳』の評判にあやかって、貸本漫画の版元が依頼する以上、白土的にならざるをえないと思われる)、やはりつげ義春ならではの作品群だ。「忍びの城」の影武者の悲痛な結末。「流刑人別帳」の救済のない物語。「上忍下忍」の功名の先の奈落。しかし、三作品に共通していえることがある。それはどれも復讐譚であるということだ。「忍び」と「流刑」では、一応それが果たされたというかたちをとっているが、「上忍」では未遂というかたちで終わっている。つげが、時代物(忍者物)にありがちな、復讐譚を物語としたことを、わたしはやや意外な感じで、読後、受けとめたといっていい。だが、ここからはわたしのやや強引な論述になるかもしれない。わたしたちにとって、ありがちな復讐譚を、つげ作品の物語展開では、巧みに挿入されることによって、ある種の衝撃性をもたらすのだ。語りつくされた類似性から脱却して、そこには、忌避できない〈事実〉性といったものを表出させている。忍者が表の顔と裏の顔をもつというモチーフをつげ作品にあっては、言いようのない〈悲痛さ〉をもたらす結果として描写しているのが、つげ忍者漫画の特色だといっていい。

「新都市新聞社(清水昶の新俳句航海日誌)・掲示板」04.1.29掲載

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