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2006年6月28日 (水)

「秋山清紀行 6」

 戦前、多くの詩誌に参加し、戦時下では木材関係の業界紙にいたことがある秋山は、雑誌や新聞の発行のために執筆・編集ばかりではなく、付随する様々な業務を当然のこととして、労を厭わなかった。秋山は、漫然とした書き手でいることをよしとしない。だから、率先して自分の関わる誌紙の裏方的な仕事もこなしていこうとする。戦後、秋山は、『新日本文学』、『コスモス』、『自由連合』を活動の中心としたが、どの場所でも、ただ文章を書いて、それが発行されるのを待っているといったスタンスはとらない。編集・校正から、印刷所や紙問屋との交渉など、発行継続に必要な仕事をよく知っていたから、それを自分の仕事として引き受けてやっていたようだ。これは、よくいわれるように、秋山がもっている粘り強さからくるものだが、「本性ではなく、彼の経験のたまもの」だと捉えたのは金子光晴であった。金子はそんな秋山をゴムのような伸縮自在性にからめてゴムさんという仇名があることを述べている。『自由連合』の校正を印刷所で秋山一人が黙々とやっていたというエピソードがある。アナ連機関紙(月刊)発行の裏方的仕事が秋山一人だけに負荷されていたとは思わないが、持続性を矜持とする秋山らしい伝聞だと思う。 

(「秋山清ワールド・秋山清著作集Website」、『図書新聞』06.7.1号)

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