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2006年6月26日 (月)

松岡祥男 著『猫々堂主人―情況の最前線へ』(ボーダーインク刊・05.8.24)

 松岡祥男の名を初めて知ったのは、吉本隆明の雑誌「試行」に掲載された「同行衆通信」の広告であった(しばらくして、わたしは直接購読をした)。その後、わたしも執筆参加していた『夜行』に「『昭和ご詠歌』ノート」という卓抜なつげ忠男論を発表して、ある種の親近感を抱いたことを覚えている。いまから、二十年以上前のことだ。第一評論集『意識としてのアジア』(一九八五年刊)で、はじめてまとまったかたちで松岡の論稿に立ち会って以来、わたしはなんの予見もなく、さらに親近感を抱きつつ、いつも刺激を受け、啓発され続けてきた。わたしなど、いつもどこかで妥協し、あるいは途中で投げだしてしまうような事柄を、松岡はいつも真摯に徹底的に対象化し、解析しているのだ。その膂力にただ感嘆する以外、わたしにはない。その松岡の徹底した視線を引いてみる。
 「東アジアでは歴史観や境界線をめぐって、国家利害が露出しており、それをそれぞれが皮相なナショナリズムへ吸引しようとしている。国家は幻想だ。そして、境界線上の土地は国家の領土である前に、地域住民の生活の場としてあるのだ。人々の存在より、国家が先行することなどあり得ない。それは明らかな逆立ちだ。わたしたちは国家が無くても、ふつうに暮らしてゆけるのだ。これが普遍的な原理である。(略)
 わたしはテロに批判的であるように、戦争に反対である。わたしは国家の動向に迎合しない。(略)わたしたちの人生は、必ず、国家という歴史的な制約も、天皇という土俗的な宗教性も超えた、実存の構造を持っている。それはかけがえのないものだ。時代の病理的趨勢に取り込まれることなく、できれば、おおらかに生きることだ。」(「情況の最前線へ」)
 わたしのこれまでの国家や天皇制をめぐる思考が、どこか暗渠に陥ったような状態を強いられる時、松岡のこのような視線は、真っ先に空隙を開けてくれるものだ。「国家が無くても、ふつうに暮らしてゆけるのだ」という確信、「時代の病理的趨勢に取り込まれることなく、できれば、おおらかに生きることだ」という姿勢、どれも「同行衆通信」以来、松岡の変わらぬ立ち位置を表明しているものだ。
 本書は、この書下ろしの論稿「情況の最前線へ」を巻頭に配置し、多彩な書物を鋭利に渉猟していく「読書日録」と、「同行衆通信」で多くの読者を魅了した対話形式の情況論は、「詩の雑誌 ミッドナイト・プレス」で引き継がれ連載されていたが、その「酔興夜話」が収められ、そして巻末に、吉本隆明との対談二本(「テレビはもっと凄いことになる」、「宮沢賢治は文学者なのか」、ともに単行本未収録)と詩人・山本かずことの対談が置かれている。
 「読書日録」では、大島弓子の『グーグーだって猫である』や村上春樹の『海辺のカフカ』が、縦横に論じられ、「同行衆通信」の主宰者・鎌倉諄誠や吉本隆明研究の第一人者・川上春雄の死への愛惜溢れる文章群が綴られ、そして、もちろん吉本隆明に論及したものも多く収載されている。
 なによりも、松岡の先鋭性と徹底性を象徴する、猫々堂主人とパラノ松岡という「猫」と「松」の架空対話形式の情況論「酔興夜話」はどれも刺激的だ。例えば、このように。
 「このあいだの中東湾岸戦争をめぐっての、柄谷行人一派の文壇政治の猿芝居も、クソ馬鹿の藤井貞和や瀬尾育生らの論争も、こんなものにつきあっていたら、下痢するだけだ。藤井貞和は『吉本隆明依存症』という珍奇な病名を編み出している。それはこの男がずっとスターリン主義を補完してきた左翼反対派に留まり、大学教授という安全地帯にいるからだ。一度も本気で抑圧左翼と対決したこともなく、自分の足場を疑うこともなく、バランス主義で情況をすり抜け、貧乏な寄り合い所帯の詩の業界といびつな学界を渡ってきただけだ。そんなことは、この男のつまらない詩と半端な批評を読めば、すぐにわかることだ。」
 わたしはかつて、多少、藤井と近接の間柄であったことがあるだけに、松岡のこの激しい指摘を否定するだけのものをじぶんのなかに持っていない。ただ、首肯するだけだといっておこう。
 さて、最後に書名に触れておく。松岡は、二〇〇〇年から独力で、『吉本隆明資料集』を発行し続けている。第一期が「鼎談・座談会篇」、第二期が「『試行』全目次後記集、復刻版」、そして第三期は第42集から「初出・拾遺篇」を継続発行中である。この『資料集』の発行所名が「猫々堂」なのである。だから、書名が『猫々堂主人』となるわけだ。だが、しかし、わたしは、松岡が最高に支持し続けている漫画家・つげ義春の作品「ゲンセンカン主人」や「やなぎ屋主人」を想起したであろうことを断言しておきたい。

(『図書新聞』05.10.15号)

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コメント

中村哲明と申します。
「同行衆」にいっとき寄寓したしたこともあります。
松岡とは久しく会っておりませんが、「同行衆通信」で検索したところ、一番にヒットしたブログが貴下のサイトでした。
(松岡の)いい紹介文だと思いました。
鎌倉さんとはもう会えないのですが、松岡にはまた会いたいなと思わせていただきました。ありがとうございます。

投稿: ナカムラ | 2007年11月 8日 (木) 21時26分

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