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2006年6月 7日 (水)

神津 陽 著『新選組 多摩党の虚実―土方歳三・日野宿・佐藤彦五郎』(彩流社刊・04.9.10)

 神津陽の新著だ。神津が長らく日野市に在住していたのを本書ではじめて知った。神津にとって、〈新選組〉は、近接したモチーフだったということになる。ところで、わたし(たち)にとって、神津陽という名は、三十数年前、第二次共産主義者同盟叛旗派のイデオローグとして知られている。叛旗派の前身は、共産主義者同盟・三多摩地区委員会であった。いまにして思えば、「多摩」という照合がすでにあったことになる。
 わたしが、〈新選組〉に関して強い関心をもったのは、子母沢寛や司馬遼太郎の作品からではない。ただ一点、加藤泰監督作品・映画『幕末残酷物語』(1964年)の衝撃的イメージからだけのものだ。この映画は、個と共同性の問題を皮相な政治的文脈からではない、女と男の凝縮した関係性を視線に入れた強度の関係性の物語を構築したものであった。さらに、組織とはなにか、革命(政治運動)とはなにかといった〈新選組〉内部の位相を見事に活写したともいえる。そして、わたしはその後、不思議な感慨を持つに至る。そう、幕末から近代国家へ移行しようとした天皇制政権の負の残滓として〈新選組〉をみるようになったのだ。そこでは、ある種の思い入れを抑えることができなくなる。さて、わたしの感慨はそうだとして、かつて〈関係のかくめい〉を主張した神津陽が、〈新選組〉をどう捉えるのか、実は、強い関心をもって本書を読んだ。
 わたしの気負った視線を外すかのように、神津の筆致は淡々と〈新選組〉の出自と暗部に分け入っていく。一見、郷土史的スタイルを採りながらも、そこには、なるほど神津陽ならではと思わせる論及が散見される。例えば、こんな箇所だ。
 「新選組についてまとめるに当り、新選組ブームに仮託された今の庶民の為政者への怨念や圧殺された抵抗者へ同調する心の振幅をこそ掘り下げたい。つまり私は為政者には目障りな、現在の政治的無関心や非政治的構えの全容を正面から扱いたいのである。(略)ここで問題とする新選組への根本的な〈謎〉は、大多数の新選組ファンに無視されても、右の特攻隊と同様に組合運動や全共闘などに遭遇し関わらざるを得なかった経験を持つ、行動的批判者の心情には届くかも知れない。なぜ多摩では百姓の剣術修行が容認されたのか、なぜ新選組は連合赤軍のリンチを思わせる内部粛清を重ね暴力集団として純化したのか、なぜ農家の穀潰し連中が盛名のある浪人連中に対して指導権を握れたのか、なぜ敗北必至の戦闘への転戦を選んだのか等の考察は、未だに不明確な各自の抱える歴史の闇を解く糸口となるかも知れないからだ。」(50~51P)
 さらに「新選組の戦闘性」に関しては、「日本的組織集団体質の延長が日本軍隊の強さと弱さ・我慢強さと残虐性にも継承されて」、「全共闘の開明性や開放感も、その裏面では党派的独善や凄惨な内ゲバを許容していた」(158P)位相へと通じていくと捉える。そして、神津新選組論の骨子は、その出自を掘り起こすことによって、日本的共同性の原質を取り出そうというものだ。だから、「多摩」であり、「日野」なのだ。
 〈新選組〉の中枢部が、多摩出身者で形成され、それが、「『郷党』的結束の深さ」(116P)で組織されていることから、神津は、「新選組多摩党」と称している。その結束点は、日野宿の名主であり幕末期には本家上佐藤家に代わって本陣となった下佐藤家当主、佐藤彦五郎にあるとみる。彦五郎は、土方歳三の義兄であった。彦五郎は宿場の治安や自衛の目的で、牛込の天然理心流試衛館道場に通い近藤勇を知る。後に自宅に佐藤道場を開き、土方はじめ新選組の母体となる面々が剣術に励んだという。神津は、近藤、土方が主導する新選組をその後、様々に支援する佐藤彦五郎が、本家に代わって台頭した経緯こそ、〈新選組〉の共同性の原質に根拠を与えるものだと推断していくのだ。
 それは、嘉永二年(一八四九年)に発生した日野宿内紛(火災と殺人)に契機があったとする。事件は、長年の上佐藤家と下佐藤家との怨念的対立によるものだった。分家であった下佐藤家の理不尽な台頭に上佐藤家の前当主が憤り、彦五郎の祖母を刺殺するというものだ。事件後は、彦五郎と代官所との親密さもあって、下家は宿の全権を握っていく。この彦五郎の巧みな戦略、政治性は、土方にそして〈新選組〉自体へも影響を与えたはずだというのが、神津の論点の着地点だ。
 「この事件は確かに彦五郎に自衛の必要性を自覚させ、剣術修行へ歩ませた。だがこのことから彦五郎はもっと重要な、刃物を動かす人間の心理や意地や怨念や大義をこそ学んだのだ。彦五郎の経験は義弟の土方歳三に直伝され、政治の大道も政治の裏面の知識や知恵や技術の集積を含めて、『新選組史』に確実に影響を与えていると断言出来る。」(169P)
 そして、嘉永二年事件以後という時空は、内紛の暗部の位相において「より深く新選組に連動して」いき、「新選組の源泉は日野宿にある」というテーゼを神津は、導いていくのだ。
 NHKTVの大河ドラマに乗じて、〈新選組〉観光ブームを招来しようと目論む日野市の観光当局は、本書のような“暗部としての源泉”を提示する研究書は、忌避したいかもしれないが、少しでも、〈新選組〉に関心をもっているものにとって、斬新で衝撃的なものとして受けとめることができるはずだ。

(『図書新聞』05.2.12号)

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