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2006年6月15日 (木)

日本アナキズム運動人名事典編集委員会 編      『日本アナキズム運動人名事典』(ぱる出版刊・04.4.20)

 日本における「アナキズム」あるいは、「アナキズム運動」とは、何であったろうかと考えてみる(いや、何か、というふうに本来なら現在的に考えるべきかもしれない)。
 誰でもが真っ先に、幸徳秋水、大杉栄に代表される明治期・大正期の思想家・革命家像というものを思い描くに違いない。明治天皇暗殺を企図したとされる大逆事件の首謀者とみなされた幸徳、関東大震災時の混乱を利用して虐殺された大杉というこのふたりの革命思想家の死がもたらした衝撃性は歴史のなかに明確に刻印されている。そのことが、わが国の「アナキズム思想」や「アナキズム運動」のその後の展開に大きな影響を与え続けてきたのは確かだ。だが、それは、いってみれば足枷のように思想というドグマを発生させて、戦後のアナキズム潮流に停滞と退廃をきたしたともいえる。
 人間の存在を絶えず抑圧する装置としての国家やそれに恒常的に張り付く権力に徹底的に抗し、思想を優先させるのではなく、生活の根源的な所在を希求していこうとする、「アナキズム」という思考方法は、なんの衒いもなくいえば、多くの人たちの好感を得てきたはずだといっていい。だが、結局、「アナキズム運動」といった凝縮したかたちをとりえず、広く社会運動(あるいは社会主義運動)全般のなかに埋没していってしまったのだ。そのことには、いくつかの理由をあげることができると思うが、アナキズムに内包する余りにも直接的な反権力・反組織指向に起因するともいえるし、アナキズムの訳語が「無政府主義」としたことによって、その苛烈性が直接行動・テロリズムといった位相を仮想させたことにもよるといえよう。そして、思考の苛烈性、過激性は、逆に反動として一部のアナキズム・セクションをディレッタントなサロン集団にしていってしまったということもまたいえるはずだ。
 そして、いま六年余りの年月をかけて、『日本アナキズム運動人名事典』が、このほど刊行された。“人名事典”ということ、アナキストではなくアナキズム運動という視点、このことだけでも本書刊行の衝撃度はある意味、大きいともいえる。幸徳・大杉以後の「アナキズム」の思考と方法の所在を俯瞰しうる時間性を果たして提示しえるのかという疑問や疑念は誰でもが抱くはずだ。その困難な作業を、すくなくとも想像しうる限り、遺漏のない、精度ある“完全な”事典などというものは望むべきではない。にも関わらず、この九〇〇頁近い大冊には、まぎれもなく、多くの反抗と信念と真摯な生き方をした人々の膨大な累積がある。いわば、こうした膨大な累積は、アナキズム・セクションだけに内閉させるべきではなく、もっと広大な思想の海へと押し広げていくべきだといってみたい。
 だからこそ、本書を眼前にして、わたしは、やはりどうしても、「アナキズム」とは何かということに改めて拘泥せざるをえない。そして、ふたつの論述をこの事典に対置させたい欲求を抑えることができないのだ。
 ひとつは、いまから三十五年ほど前の著作で内村剛介が、「アナキズム」について論述したことだ。
 「『政府』イコール『国家』イコール『くに』といった具合にきわめて手軽に観念が短絡するわがくにの民俗にあっては、『無政府主義』という杜撰な訳語が一般に『くに』に対する反逆のイメージを喚起したことはたしかだろう。そうだとすれば、無政府主義は日本人の日本人としての存在の根元を無視する反秩序の無頼ぶりであるということになる。アナーキズムは抑圧の権力に対抗するものであり、その限りにおいて政府も国家も敵として登場するのであって秩序そのものを敵視するものではない―という正当な了解が、『没権力』『否権力』に代って『無政府』という語が現れたときに失われたのだ。(略)われわれは始原は一つ、原点は一つ、というあちらの風土生まれの思想に挑戦することによってわれわれのアナーキズムをつくるべきか、それとも、ついにアナーキズムのエピゴーネンに終るかを考量しなければならぬときにさしかかっているのではないか。」(「わが風土」・評論集『わが思念を去らぬもの』・所収)
 「われわれのアナーキズム」という内村の提示は、重い。わが国の、特に戦後の「アナキズム運動」は結局、エピゴーネンから抜け出すことができず、その思想的な内閉へ向かっていったからだ。もちろん、「われわれのアナーキズム」を模索する動きがないわけではない。それがもうひとつの論述だ。二〇〇一年に創刊された雑誌『アナキズム』(『アナキズム』誌編集委員会・発行、ぱる出版・発売)の「発刊に際して」で、次のように主張する。
 「十九世紀において、社会構造、人間の社会的諸関係そのものの変革を企図する、まさに革命思想として花開いたアナキズムは、その後アナキズム運動内に様々な潮流を生んだ。それ以降は運動論や組織論、果ては人間社会に対する認識の仕方等々の差異や位相の違いから、良くも悪くも『思想としてのアナキズム』が内包する多様性に対する寛容さを損なわせ、『自由、平等、友愛』という理念に対する忠実さを競うことが、変転してセクト間の争いへと転化してしまった歴史であるとも言える。(略)その意味で誌名を『アナキズム』と付けたのは不適切かもしれないが、我々を取巻く諸権力の解体を従来の古典的枠組みからはみだすような形で追及する試みが必要であるというのが我々の共通認識であり、また唯一の共通テーマでもある。」(「アナキズム」・第一号、二〇〇一年十二月刊)
 「我々を取巻く諸権力の解体を従来の古典的枠組みからはみだすような形で追及する試みが必要」だとする指向は、いわば「われわれのアナーキズム」を模索することでもある。さらに、「『思想としてのアナキズム』が内包する多様性に対する寛容さ」という時、それは、そのまま本事典の主意に連鎖していくものだ。
 本事典の「まえがき」では、「アナキズム運動なる概念の外延を最も広く設定する。」、「アナキズム運動との関わりをクローズアップする。」という主意が述べられている。「多様性に対する寛容さ」は、そのまま〈思想としてのアナキズム〉の内実を問うことでもあり、それが収録人名三〇〇〇余名という膨大さに表われているといってもいい。権藤成卿、橘孝三郎といった、これまでのアナキズム思想史には入らなかった思想家から、石井恭二、岩淵五郎といった出版人、埴谷雄高、高橋和巳といったアナキズム的理念を文学方法とした作家までと、確かに外延は「多様性」をもっている。そのことが本事典の出色さを示すものであり、既知の「社会(主義)運動事典」の類書を超えたものになっているといっていいと思う。

(『図書新聞』04.5.29号)

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