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2006年6月 6日 (火)

蓮見博昭 著『9・11以後のアメリカ 政治と宗教』(梨の木舎刊・04.10.20)

 予想通りだったのか、期待はずれだったのか、アメリカ大統領選はブッシュが再選された。選挙結果の分析で、早速、ブッシュを支持した保守的なキリスト教団体の存在に焦点をあてた報道があった。中東のイスラム教各派の差異が、わたしたちには理解し得ないのと同様に、アメリカのというよりは、キリスト教自体、様々な宗派があることは知っていても、そのことの違いを指摘できることは、なかなかできないといっていいだろう。そして、その宗教が、実際、現実の政治をアクチュアルなものにしているから、さらに認識の困難さを招来しているともいえる。
 2001年9・11テロ以降、とりわけ宗教と政治の問題は、ますます切り離しては考えられなくなったといっていい。それともうひとつ、ここ数年来、言われ続けているグローバリズムの問題だ。それにリンクするかたちで語られている、ネグリ/ハートの『帝国』が提起した、まさしく〈帝国〉という視点からの問題は、あきらかに揺れ動く世界情勢の中心にアメリカをおいて、その核心を解析していこうとするものだ。
 「(略)アメリカは新しい帝国だと呼ばれるようになった。私たちの若いころには、いわゆる左翼的な若者などが、アメリカ帝国主義、『米帝』と批判していた。その当時の帝国主義というのは、レーニンの『帝国主義論』という社会主義的、共産主義的言い方で、(略)使っていたわけだ。一番異なっているのは、アメリカの当局者たち自ら、アメリカは帝国になるのだとか、帝国にならねばならないと言い出している点だろう。」(本書166P)
 本書の著者は、さらに、七〇年代にいわれ出した「覇権安定(理)論」を付加するものとして、「世界を超大国アメリカが支配するシステム、体制ができれば世界は安定するという」、「新覇権安定論」が登場し、また、「ネオコンの人たちを中心にブッシュ政権が『新帝国主義的大戦略 Neoimperial grand strategy』を構築し、実行に移していこうとしてきた」と述べている(167~169P)。
 もちろん、このことは多くの識者たちも指摘したことだし、ほとんど定説化していることかもしれないが、本書の著者は、それをただ政治的言語や文脈だけで言い切ろうとしているのではない。現在のアメリカが表出している〈新覇権主義〉や〈新帝国主義〉への傾斜は、ながく潜在しつづけてきたアメリカにおける宗教と文化の停滞と疲弊からくる綻びの象徴だと捉えていることだ(さらに付言すれば、キリスト教独特の、善悪二元論や選民思想がその根拠となることを著者は指摘する)。
 アメリカは依然、キリスト教国家ではあるが、ほんらいのキリスト教を逸脱したかたちでキリスト教国家としてあろうとしていると分析し(「1『キリスト教国』でなくなるアメリカ」や「2アメリカの戦争と平和とキリスト教」での論述)、いわば、ゆがんだかたちで露出するアメリカ国家像を本書では描出している。これは、大変、新鮮で刺激的でもあった。そして、「5デモクラシーの背後で働くもの」や「7『教師』&『反面教師』としてのアメリカ地方自治」での論述は、洲単位独自の地方自治は、いかにもアメリカデモクラシーの所以であるかのようにいわれているが、これとても、「小さな政府」と「大きな政府」という政治統治システムのゆがみであり、陥穽でもあるという指摘だ。
 「現在の対テロ戦争というものは、一見アメリカの国民統合・団結を演出している、いかにも今アメリカ人が団結し共生しているかのように思われるかも知れないが、それは、多文化共生が行き詰まっているのを隠している、見せないようにしているに他ならない。アメリカ人は、戦争になると団結するが、平和になるとバラバラになる傾向がある。」(86P)
 マイケル・ムーアの映画でも執拗に取り上げられていたが、9・11テロ以後、ブッシュ政権はテロリスト対策として「愛国者法(パトリオット法)」なるものを施行した。極めて人権(アメリカ的いえば公民権)を侵害してしまうだろう悪法をアメリカ国民は受け入れたのだ。
 そして、著者は、「問題なのは、このように急速に市民的自由ないし基本的人権が侵されていくのに、アメリカの心ある人々はどうしているのか、どうして黙っているのか、ということである」(98P)と述べ、センチュリー財団理事長リチャード・レオンの著作からの
言葉として、アメリカは「沈黙の共和国」になってしまったと紹介している。なるほど、この「沈黙の共和国」が「あらたな帝国」としてあろうとする時、わたしたちにとって、はなはだ脅威として二一世紀の“怪物”は君臨していくことになるのだろうか。
 著者は、明確に断言する。この間のイラク戦争の強行に対して反米的拡がりがはっきりしたし、覇権国家としては衰退しつつあると。また、「アメリカの政治経済システム全般」が「制度疲労」をおこしており、「『二一世紀もアメリカの世紀になる』とは、お世辞にも言えない」(178~182P)と言い切っている。
 著者の本書での刮目すべき論述を糧に、わたしは、いま一度、〈帝国アメリカ〉を透視したくなった。

(『図書新聞』05.3.19号)

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