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2006年5月 3日 (水)

今井 一 編著『「9条」変えるか変えないか 憲法改正・国民投票のルールブック』(現代人文社刊・05.5.9)

 「憲法改正」が、いよいよ具体的なかたちで国会(国会議員)レベルの俎上に乗りつつある。発足以来五年、四月十五日に自民、民主、公明三党主導によって押し進められてきた衆議院憲法調査会は、最終報告書を提出した。続いて、参議院も二十日に提示している。だが、戦後憲法が制定されて六十年近く経過して、制度疲労を声高に主張し改憲を目論むわが国のネオコンたちと、宗教のお題目のように護憲を言い募るだけの社民・共産グループとの対立軸は、わたしたちにはなんの衝迫性も与えない政治劇になっている。村山政権時の自衛隊合憲発言で、事ここに至れりと思ったのは、わたしだけではないはずである。自衛隊合憲(ついでにいえば天皇制支持もだ)と九条固持と、なんの矛盾もなく鼎立させる政治理念が、既に社民党(社会党)を破綻させているのだ。共産党はいわずもがなである。国会(国会議員)レベルでの憲法改正の進行過程は、誰が考えても粛々と進んでいくはずだといっていい。そして、憲法改正を可能にする最終段階が、国民に対して、信認を問う「国民投票」なのだ。本書は、その「国民投票」の意味と意義そしてもちろん重要性を、憲法改正(こういういい方は、曖昧だ、明快に「九条改正」といっていいと思う)に絡めて、懇切に解説し論述したものだ。本書の骨格を構成しているのは、三月二十一日に行った憲法調査会の国会議員たちによるシンポジウムである。わが国の歴史上、初めて実施されるであろう「国民投票」を、どういうかたちで、なされていくべきかということが、主題であったため、出席していた議員たちの憲法(九条)理解や理念を、具体的に聞くことはできなかったとしても、会場にいたわたしは、彼らの高み的発言としかいいようのない論旨を不快な想いで聴くことになる。国会議員は、有権者の付託を受けて政治行為をする存在である(ちなみに現衆議院議員は有権者の六割に満たない支持を受けている。それを国民全体の絶対多数の付託か、一部の付託かと捉えるかで立ち位置が違ってくる)。しかし、おそらく、ほとんどの議員(九条を改正しようと考えている議員)は、選挙時に九条改正を明確に主張して当選したとは思えない。では、誰にどのようなかたちで改正を付託されたといいたいのだろうか。
 出席議員のひとり、枝野幸男(民主党)は、このように述べている。
 「(略)憲法というのはわれわれ政党が相撲をとる土俵を作っている。公権力行使の限界、あるいは公権力行使の権限の源を規定しているのが憲法であって、その中で各政党がそれぞれの主張する政策を実現する。与野党で相撲をとる。その土俵作りであると思っています」(79~80P)
 倒錯した論理とはこういうことをいうのだ。自分たちを「公権力」の代位(これは国民主権の上位の概念と見做すことができる)のように錯覚し、居丈高になって「この国のかたち」を憂えてみせ、「民主主義というイデオロギー」に酔いしれていくのだ。「デモクラシー」を誤訳して、「民主主義」という、イデオロギーのような“主義”という訳語を付した時に、言葉は欺瞞に満ちたイメージを纏っていき、ほんらい、社会を構成するシステムや手続き的ものに過ぎないはずの「デモクラシー」が変容させられていったのだ。同じように、憲法もまた、わたしたちの生活と有様から乖離して、公権力行使の根拠となっている。
 「そもそも憲法は、国民が政治家に国政を付託した時に、やっちゃいけないことを決めたものです。(略)だから、今、国会で言っているような『国のかたち』をどうするなんてことは、ぜんぜん関係ない。」(二木啓孝「『憲法改正』とは、」・「情況」六月号)
 わたしの考えは、この二木の発言とまったく同じものだといっておきたい。戦争の放棄をいいながら専守防衛はいいとする改憲派は、論理の矛盾に気づかないのだろうか。森達也が何かのアンケートで、戦争をしたいから自衛隊を国軍にしたいのだと改憲派は明確にいうべきだといっていたが、まさしく、その通りだと思う。それで、「国民投票」によって信認されても、編者の今井がいうようにわたしたちは否とはいえないのだ。なによりも問題なのは、護憲派が、九条理念を実際的にどう実行していくのかを具体性をもって述べるべきなのに、空疎なキャッチフレーズレベルのことしかいわないという停滞性にある。
 「一部の『九条護憲派』は、実態はどうあれ条文さえ護れば九条の本旨を温存できると思い込んでいるようで、『明文改憲』の動きに対しては厳しい反応を示すのに、『解釈改憲』に対しては批判しながらも許容範囲とするような反応です。」(19P)
 今井の厳しい視線の先には、もう政治家たちに自己充足的に九条を弄んで欲しくないという想いがあるといっていい。「国民投票」というまたとない、わたしたちの真意が試される時がいずれやってくるのだ。本書の詳細な解説を理解したうえで、主権行使としての「国民投票」によって、公権力という幻想を解体し、霧散させていくべきだと思う。

(『図書新聞』05.10.8号)

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