« 武井昭夫 著『武井昭夫映画論集 戦後史のなかの映画』(スペース伽耶刊・03.9.20) | トップページ | 松本利秋 著『国際テロファイル』(かや書房刊・03.9.9) »

2006年5月17日 (水)

武井昭夫 著『武井昭夫対話集 わたしの戦後―運動から未来を見る』(スペース伽耶刊・04.7.31)

 いま、わたしの手元にこんな本がある。表紙カヴァーの色は、薄いグリーンとでもいおうか、その上に、鳥をアレンジしたカットが配置され、書名、著者名、版元名はシンプルな細いゴジック体だ。判型は新書判、頁数は250P、奥付発行日が1956年9月20日。著者名はふたり、吉本隆明と武井昭夫(てるお)だ。書名は、もちろん、『文学者の戦争責任』。わたしが、何十年も前に古書店で買い求めたものだ。実際に手に取るまで、この本に様々な思いをもっていた。吉本にはこの本に先行して二冊の詩集があるが、いずれも私家版発行であるから、武井と共に実質的に最初の著書という記念すべきものだといっていい。わたしが、この本を求めたのは、吉本の著作を読み進めていたからであり、収められていた論文は、すでに全集等で読んでいたとはいえ、後年、花田清輝と対立していくなかで、最初の著書の共著者が、花田に随伴して、吉本と離反していった(ようにみえた)ことが、よく理解できなかったからだ。いや、そういう言い方は、転倒している。吉本と深く対立していた武井が、共に最初の著書の共著者だったということを、よくわからなかったというべきかもしれない。
 実際に、『文学者の戦争責任』を手にしてみると、やはり、吉本にとって最初の著書としてふさわしいものだった。武井にとってはどうだったのだろうか。本書や前著『映画論集 戦後史のなかの映画』をあらためて読んで、やはり、武井の出発点を凝縮したものであり、現在まで一貫して追及している武井のモチーフが最初に顕在化したものだったといっていいと思う。
 「わたしは、今日戦争責任を扱う場合、戦後責任の観点をぬきにして論ずることはできないと思っている。わたしは、つねにこの戦後責任の解明という観点にたって問題を提出しつづけてきた。」(武井昭夫「『あとがき』にかえて」・『文学者の戦争責任』所収)
 武井のこの思いは、本書や前著の表題に表れている。そう、「戦後」というタームだ。武井の営為を、「Ⅴ 拉致報道と草の根ファシズム」の対話者のひとり、山口正紀は、「戦前と戦後の継承性みたいなもの、それから、戦争責任の問題とかを運動がどうやって問い続けるかという」(310P)ことだと述べている。これは、〈戦後〉という「一つの視点」からの「運動的思考」ということを意味しているし、それを実践の場で弛まず継続してきたということでもある。それは、“拉致報道”に対する、武井の批判にも表われている。戦前の朝鮮半島へのわが国の不当な行為を糊塗して、拉致批判することの浅ましさを徹底的に論及している。北朝鮮(武井は「共和国」と称している)への戦後保障を一切抜きにした拉致批判は、戦後とは戦前からの地続きであると思考する武井にあっては容認できることでない。わたしも、もちろんこの拉致問題への報道ファシズムといっていい情況を、現在の空虚な陥穽を示していると思っている。
 ところで、武井の膂力の源泉は、いうまでもなく、戦後間もなく結成され始動した全学連運動(武井は初代委員長)であり、さらに、「新日本文学」における文学と政治の争闘であった。『武井昭夫論集・全四巻』として刊行開始された前著『映画論集』に続く本書は、「対話集」であることが、様々な武井の思想の相貌が明快に提示されて、「戦後」の“始まり”の問題点をリアルに浮き彫りにしている。特に、小松厚子との「Ⅰ わたしの戦後―運動から未来を見る」のなかの前半部「1 大衆運動としての全学連」、「2 戦後初期の文学運動の中から」や、青木実との「Ⅲ この国の『戦後責任』とは―文学者の戦争責任論を振り返って」の前半部「1 『文学者の戦争責任』論とはなんだったのか」は、戦後、六〇年近く経過した時間を埋めて、〈現在〉へと敷衍した問題性を表出している。
 「最近、国立大学の独立行政法人化など現今の資本主義のグローバリゼーション体制に合うような大学制度再編成が進められていますが、敗戦直後、GHQから出された、あの『大学法』原案の考え方が、新しい時代に会わせて、また登場してきた感があります。これ一つとっても、運動と歴史の継続というか、継承の大切が痛感されますね。」(22P)
 「戦前の転向ドラマが戦後の文学運動のなかにも弱さとしてあるんだ、と痛感したわけです。だからわたしのモチーフは、だれそれの戦争中の責任を追及しようというのではなく、問題を解明したいというところにあった。」(183P)
 武井は、わたしたちが想像もつかないかたちで、思考の継続ということを自らに課してきたといっていい。わたしのように、あるいは、「Ⅱ 五〇年代の運動空間」のなかで、柄谷行人、絓秀実のように吉本・花田論争を好奇な視線で、武井の考えを聞きだそうとするのは、本当の意味で「戦後」という場所をわかっていないということになる。
 「(略)吉本さんから『試行』(六一年~)発行を吉本・谷川(雁)・武井の三人でやらないか、と相談もあったくらいですから。わたしはおことわりしましたが。ですから、当時わたしは、花田・吉本論争では、考えおよび気持ちでは花田さんを支持しているのですが、位置としては『現代批評の会』の協力と交友の情が続いていて、揺らいでいた、という状態だったのですね。」(145P)
 この章は、柄谷たちの雑誌「批評空間」でのインタビューを収めたものだが、わたしは、ふたりの横柄といっていい聞き方に対して、真摯に応答する武井の姿を想像しながら、「戦後」という問題の〈深さ〉、〈困難さ〉に向かい続けている武井の膂力の大きさを思わずにはいられなかった。

(『図書新聞』04.11.6号)

|

« 武井昭夫 著『武井昭夫映画論集 戦後史のなかの映画』(スペース伽耶刊・03.9.20) | トップページ | 松本利秋 著『国際テロファイル』(かや書房刊・03.9.9) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/92515/1828239

この記事へのトラックバック一覧です: 武井昭夫 著『武井昭夫対話集 わたしの戦後―運動から未来を見る』(スペース伽耶刊・04.7.31):

« 武井昭夫 著『武井昭夫映画論集 戦後史のなかの映画』(スペース伽耶刊・03.9.20) | トップページ | 松本利秋 著『国際テロファイル』(かや書房刊・03.9.9) »