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2006年5月18日 (木)

松本利秋 著『国際テロファイル』(かや書房刊・03.9.9)

 テロリズムとは何かと、問われれば、わたしなら、あの9・11テロのことに関連して述べたりはしない。時間性をかなり遡及させて、ロシア革命前夜のアナキストや社会革命党の活動家たちの帝政権力へのテロルを真っ先に思い浮かべるし、わが国のことであれば、完遂できなかったテロルとして、大正ギロチン社のことを想起する。テロとは、反権力的であり、常に反体制的なのだ。テロという言葉が、現在において醸し出すイメージは、無軌道で狂信的かつ暴力的な破壊行為ということになると思うが、確かに過激性を内包するとしても、本来、基底にある感性は、個的で純化に満ちた心性だといっていいはずだ。例えばイスラム原理主義者たちの過激な自爆テロに象徴される近年のテロリズムは、個的というよりは、イスラム世界という宗教的な共同性を膂力としているだけに、わたしが考えるテロルとはいくらか位相を異にしているといわざるをえない。それでも、そこに流れているものはやはり反権力、反体制的であり、自分たち(民族)を抑圧しようとする敵への憎悪感であるといえるはずだ。
 本書は、テロリズムの現在といったことを包括的に把握できる内容をもったものだ。政治的にも思想的にも微妙な視点を強いるテロリズムの現在を、極力、主観性を抑制した記述で、読者にテクストとして提示するという著者の意図は充分、達成されていると思う。
 「(略)『なぜ国際テロリストが存在しているのか』を考えると、実に奥深い歴史の内部にスポットを当てざるを得なくなる。テロリストが生まれ、組織をつくり、国際的ネットワークを張れるのも、われわれが常識として持っている世界通史とは別の側に存在する人間たちのもう一つの歴史が要因であることが見えてくるのだ。これらは一般の日本人の知識にはあまりない事柄であったからこそ、長い歴史ドラマの一環として噴出するテロリズムが、われわれには、連続ドラマの前後が切り取られた一シーンのようにしか見えてこないのである。」(2P)
 著者は、こう述べながら、「地域別のテロリスト状況やその国内および国際情勢、歴史的背景などにもできるだけ言及し」ている。
 確かに、本書を読みながら、テロリストたちには、「奥深い歴史の内部」があることを理解できるし、「われわれが常識として持っている世界通史とは別の側に存在する人間たちのもう一つの歴史」を抱え持っていることにも気づくことになる。
 全七章(アジア、アフリカ、アメリカ合衆国、ラテン・アメリカ、中東、ユーラシア、ヨーロッパの各地域に分けて章を当てている)の構成で、それぞれの地域の主要なテロ組織を各章に付している。植民地化した地域が独立することによって、政情の不安定さから、対立する組織間のテロを生起する場合もあれば、独裁政権が長期化することによって噴出するテロもあるし、長年にわたる民族・宗教間の対立に起因するテロもあるというように、多様な「奥深い歴史の内部」が底流には常にあるのだ。それにしてもと思う。中東パレスチナにおける自爆テロと強力な軍事力との絶えることのない抗争を見るにつけても、「終息」とか「平穏」といったことが訪れない国々のほうが、圧倒的に多いのが、現在の「世界」なのだ。
 「(略)アンゴラでは一九七五年の独立以来、内戦が絶え間なく続き、独立国家としての経済・社会の建設はおろか、国民の誰一人として戦時以外の生活を知らないというきわめて異常な状態が三〇年近くにわたって続いているのである。冷戦時代にはそれぞれの陣営がそれぞれの反対勢力を軍事支援し、内戦を拡大していったという不幸な歴史の後遺症を、この国はいまだに引きずっているといえるのだ。」(100P)
 ここでは、テロによって引き起こされる内戦状態をただ政情不安に帰することは出来ないということを著者は象徴的に強調している。
 また、9・11テロの一年後、モスクワの劇場で起きたチェチェン武装勢力による立てこもりによる大惨事は、世界に衝撃を与えた。著者は、「チェチェンの分離独立運動は、二〇〇年にわたって、帝政ロシア、後にはソ連邦に支配されてきた少数民族の悲願を達成しようとする運動である」(262P)と述べる。そして、「第二次大戦末期には、ソヴィエト政権に反抗の姿勢を崩さないチェチェン民族が、ナチス・ドイツに協力することを恐れたスターリンが、民族を丸ごと中央アジアやシベリアに強制移住させてしまった。戦争が終わって一二年経った一九五七年、ようやく故郷へ帰還が許されたのだが、その間には人口の約六〇%が犠牲になったといわれるほど、ソヴィエト政権の仕打ちは過酷なものであった」(同)という。ソ連邦崩壊後も、分離独立は認められなかった。「強大なロシア軍の圧倒的な軍事力」の支配に対抗するには、全ロシアに向かってテロを実行する以外にないというわけである。
 強大な国家の歴史だけが、正史ではない。歴史の内部にこそもうひとつの「歴史」が隠されているのだ。そして、そこにはテロリズムという哀しい歴史の影が映されることになる。

(『図書新聞』004.1.17号)

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