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2006年5月16日 (火)

うらたじゅん 著『眞夏の夜の二十面相―うらたじゅん作品集』(北冬書房刊・03.8.15)

 誰もが、過去という時間をもっている。だが、必ずしも自分が体験したことの累積だけで過去の時間を記憶しているというわけではない。例えば、幼少期に見た映画や体験、あるいは親、年長者に読んでもらった書物の中の物語や語ってくれた体験などが、記憶として累積されていく。だから記憶の場所は、自分が生まれる以前の遠い過去へと遡及していくことができる。
 過去という時間は、わたし(たち)にとってどんな意味をもっているのだろうか。あるいは、過去を振り返る時、現在という時間・場所はわたし(たち)にとってどんな意味をもってくるのだろうか。現在という時間・場所は、過去へ遡及していける方位をもっていると同時に、未知の未来への通路でもある。だから、記憶の場所から紡ぎ出される物語は、わたし(たち)を未来へ連れていく視線の力を持つことになるといってもいいはずだ。
 わたしにとって、うらたじゅんという漫画(劇画)作家は、いつもこのような〈記憶の物語〉とでもいうべきことを考えさせてくれる。独特の柔らかな描線、巧みに時間を重層的に往還させる物語性、うらた作品は漫画という境界を越えて、傑出した物語作家という位置を獲得しつつあると、なんの衒いもなくわたしは言い切ることができる。
 そして、ついに待望の第一作品集が刊行された。
 わたしが、うらたじゅんの作品に初めて出会ったのは、「幻燈」創刊号(九八年三月刊)で発表された「冬紳士」だ。ほぼ同時期に「ガロ」(九八年四月号)誌上に掲載された「思い出のおっちゃん」も印象深い作品だった。読後、奇妙な懐かしさを感じたことを覚えている。毎年小学校の校門の前で露店を営む“おっちゃん”との出会いを綴ったものだが、作者は“おっちゃん”のエピソードを回想しながら語っていく。わたしは、この“おっちゃん”の造形が実にいいと思った。作者の体験からくるものなのかは分らない、だが、“おっちゃん”の快活さのなかに孤独さ、寂しさといったことを淡々と描出していく作品の力に、この作家の今後に期待感をもったと記憶している。
 「冬紳士」と表題作でもある「眞夏の夜の二十面相」(「幻燈」二号―二〇〇〇年一月)は、モチーフに類似性はあるものの、作品の方位は違う。むしろ、このふたつの作品を並べてみることで、うらたじゅんの限りない力量を感じることができる。
 「眞夏の夜の二十面相」は、現在から過去(七〇年頃)を重層的に往還する。江戸川乱歩の世界に魅せられ、ペンネームを明智六郎と称した男。今は画家で、子供時代、六郎とともに少年探偵団ごっこをしたこともある従妹の映子。そして映子が好きになる壮一、この三人が織り成す過去の記憶の物語だ。モチーフの類似性は探偵だ。なぜ、作者は探偵に拘るのだろうか。何を探し見つけ出そうとしているのだろうか。探偵団ごっこをした時の二十面相が、壮一であったかもしれないということを作中で描出して、〈終景〉は、その少年壮一の二十面相の「さらば」という言葉で閉じている。それは、壮一の〈死〉を予感させるものだ。
 「冬紳士」の探偵役は、過労と飲みすぎから倒れ、記憶喪失になり、やがて散歩の途中で亡くなった父のこれまでの時間を見つけ出そうとする娘、木村サトコだ。本書の巻末に配置した「道草日記」には、作者の父とのことが記載されている。木村サトコ(うらたじゅん)は、父の生きてきた時間をまるごと記憶の場所として作品の中に、描出しようとしたといっていい。
 だが、このように記述することに、わたしは、ある種のむなしさを覚えてしまう。いつだって批評の言葉は対象とする作品を超えることはできないのだ。わたしの、なにやら重たそうな記述は、ふたつの作品のそれぞれの〈終景〉の卓抜さに、どう考えても、到達できそうもないからだ。ほんとうは、「ぼくの名前は木村サトコもうじきハタチ」とサングラスをはずし、帽子をとって佇む〈終景〉に、ただ素直に感動するだけでいいはずなのだ。 
 それでも最後に、こんなふうに、わたしはいってみたい。現在という時間・場所が失いつつある様々な物語を、遠い記憶の場所から紡ぎ出して再生させるという豊穣力をもった作品をうらたじゅんはつぎづきと描き続けているのだと。

(『図書新聞』03.10.25号)

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