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2006年5月22日 (月)

瀬木慎一・桂木紫穂 編著『日本美術の社会史―縄文期から近代の市場へ』(里文出版刊・03.6.20)

 本書は、書名からも明らかなように、通常の美術史のカテゴリーにはない複眼的な位相を展開している。作家がいて作品があって、それを時間的に遡及したり、関連性のなかに美術表現の流れを見るといった既成の美術史とは、違った場所への視線を編者たちはもっているのだ。編者たちが、「社会史」としたのは、作家主義的な通史を逸脱させ、もっと広義なかたちで作品が生み出される場所として、社会をかたちづくる人間の集団性といったものを照射させたかったからだ。例えば、こんな記述に、編者たちの思いが率直に表われている。
 「(略)技能というのは、個人的である以上に集団的なものであり、その形態には、それぞれ、多少の差異はあるにしても、特定の指揮者(工匠)がいて、彼によって育成され、各段階に進んで行って然るべき分業を担当する工人たちが、全員の共同作業として一つのものを完成するという基本において共通しており、言わば専門職人の集団であり、後にできる用語での『座』の発生源となる形態だった。そしてそれは家族・近親的単位で堅固に維持され、やがて、必要が生じた場合には、それに応じて拡大・分化もし、相互に競争もし、協力もしつつ発展して、小規模ながら、一種の『社会』(ソサエティー)を形成する。」(13P)
 職能集団がある種の社会を形成していくという発想は、網野善彦史観を連想させる鋭角的ものだ。
 本書はこうして、「絵師」、「仏師」の誕生という記述から始めて、正倉院や「君台観左右帳記」から「美術品」という概念の発生とその収蔵という行為の淵源を求め、御用絵師並びに美術品の鑑定という実態の歴史的検証をしつつ、近現代の美術的市場の興隆まで捉えていくという、先にも述べたように、通常の美術史のカテゴリーにはない大胆な通史を提示している。構成としては、全体を九部に分け、「概説」の後に最も古いもので明治四四年に発表された古筆鑑定家・前田香雪の論稿から、昭和六一年の美術評論家・大河内菊雄の論稿まで、二十八の論稿を収めている。とりわけ、各部のはじめに配置された編者による「概説」は、大変な力論だといっていい。
 例えば、「第一部 絵師、仏師の誕生」の「概説」では、美術(絵画)の発生と展開を当然ながら宗教と関わらせて、次のように述べていく。
 「密教寺院では、従来からの阿弥陀如来、四天王のようなものに加えて、大日如来を中心として、未知の如来、菩薩、明王などを配置し、仏像に変化を見せる以上に、それらのものまでが、曼陀羅図を中心に図像として掲示されることが多くなって、絵画の必要は画期的に高まる。日本における絵画の興隆は、平安時代からとされる主要な要因は、この密教の必要にあった、と言っても過言ではない。」(23P)
 あるいは、「第四部 日本人の美意識と変化」では、次のような論旨を展開する。日本人の芸術的嗜好は、飛鳥・奈良時代から平安時代までを、「色彩の重視であり、しばしば極彩に及ぶ」とし、鎌倉時代から室町時代までは、中国からの禅宗の影響下で、「『無』の思想に基づく非色が尊重されて、嗜好はついには枯淡の境地に達する」(200P)と述べる。だが、編者の優れた論理展開は、ここでとどまっているわけではない。
 「とはいえ、この現象は、一つのものから他のものへと推移し、そのままで固定するという単純なものではなかった。実際問題として言うならば、前時代の様式は薄れたとはいえ、果たしてその基底にあった嗜好は消失したのだろうか、というその根本的な視点から、嗜好史の第二段階の末期に当たる室町時代の文化・芸術を観察するとき、意外にも、そこに先行した時代の嗜好の復活もしくは再生が見出されて、かつてない複雑な文化の相が浮き出しているのではなかろうか。」(2001P)
 いわば、その後の信長政権、秀吉政権をもった安土桃山時代の文化的、精神的位相の萌芽と淵源を編者は類推しようとしているのだ。編者の言葉で言えば「武家階級の二元主義」にうらうちされた美意識ということになる。侘び寂びといった茶の湯の世界を、一方では豪華な茶会で催していくといったアンビバランツな感性は、まさしく同時に日本人の今日的な美意識に通底していくものだ。
 「相反する美意識が内在し、並行」(201P)するという感性は、美意識だけの問題ではない。日本人が、超克することのできないまま温存してきた普遍的な感性だといってもよい。そのことは、むろん、現在も〈社会〉から、〈国家〉までつきまとっている問題だ。

(『図書新聞』04.6.12号)

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