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2006年5月 2日 (火)

高田 健 著『改憲・護憲 何が問題か―徹底検証・憲法調査会』(技術と人間刊・03.1.20)

 かつて、江藤淳は、その著『一九四六年憲法―その拘束』(一九八〇年刊)で憲法成立事情を徹底的に、そして精緻に研究、調査した結果、連合国最高司令部が憲法草案を起草したという事実を提示した。江藤の真意は、九条第二項の「戦争放棄条項」は〈平和条項〉として偽装しているが、〈主権制限条項〉であると解すべきだとするものだった。江藤の論述は、ある意味、説得力にあふれ、また当時、憲法成立事情を詮索することがタブーであったことから、言論空間に風穴をあけたという評価を与えられたものだった。わたしは、自主憲法制定を画策する一部の潮流と、江藤の真意は必ずしも同じではないという理解のうえで、なぜ、江藤はそれほどまでに国家主権と自己の主体性を同一化したいのか、疑問に思い、またそういう江藤の感性に興味を引かれたといってもいい。わたしは、江藤と違って、自己と国家をアイデンティファイしたいとは思わないし、国家とはひとつの共同性の僭称であってシステムとしての統治性をできる限りゆるやかにし、様々な制約的機能は開いていくべきだという理念にたっていた。だから、九条よりはむしろ一条がある限り憲法は認めがたいという考え方を持っていた。象徴天皇制、あるいは天皇制の条項が憲法から除外した時に初めて、九条の理念が意味をもってくるし、国家という共同性が開いたことになるという思いが強くあったといってもよい。草案が強制であろうが、すり寄せた結果であろうが、天皇制の存続と戦争放棄がリンクしていることは、誰の目にも明らかなはずだ。
 だが、ここ十年ほどの世界史的な時空を見れば、わたしが拘泥する一条はいずれ空語化していくとしても、九条がもっている理念と意義は、ますます大きくなってきたといえる。冷戦構造は、実態のない戦争シミュレーションという様相をもっていたから、九条の理念は言葉だけの世界のなかで閉じていてもよかった。だが、東西対立が解けた後、局地的な民族・宗教対立の頻発、そしてなによりもアメリカの一国覇権主義による戦争行為の激化が、世界情況を一変させて来た現在こそ、究極的な意味で〈非戦〉、〈非核〉理念であるわが国の九条憲法は世界的な位相において、普遍性をもっているといってもいい。
 しかし、わが国の政府とその同伴者たちがとっている姿勢は、九条理念から遠い場所へいこうとしている。本書は、憲法調査会なる欺瞞的な機関を設置して、憲法改正(悪)をもくろむわが国政府の錯誤的姿勢を徹底的に検証し批判したものだ。著者は、「許すな!憲法改悪・市民連絡会」結成に関わって、市民運動の立場から衆参両院の憲法調査会の活動を三年近い期間にわたって傍聴し、監視活動をした報告書とでもいえる本書を著した意図を、「憲法の改悪に反対する『市民運動の憲法論』の一つの視点を提起しようと」したと述べている。
 そもそも、憲法調査会とは、どういう意味をもち、いつ設置されたものだろうか。わたしを含めて多くの人はあまり認知していなかったと思われる。「改憲の機関ではなく、憲法問題を議論するための場の設置であり、論憲のためだ」として議案提出権をもたないことを条件に、野党も巻き込んで、二〇〇〇年一月、衆参両院に設置されたものだという。しかし、そもそもそれより先立つ九七年に、「憲法調査会設置推進議員連盟」が結成されている。一応、超党派ではあるが、顔ぶれを見れば、明らかに「改憲」を主張する議員たちで構成されていたと著者はいう。この「改憲議連」がそのまま、現憲法調査会を主導しているということになる。
 「もし、国会が『論憲』ということで憲法について真剣に議論するというのであれば、まず日本社会がいかに憲法を実現しているのか、それとも実現していないのかを調査・点検しなくてはならない。そして現実が憲法の原則からますます乖離し、憲法がますます空洞化させられている実態が明らかになれば、そうした違憲状態を即刻、改革するようにとりくむことが国会の責務である。憲法三原則の実行を回避し、空洞化させておいて、そうした違憲状態にある現実に憲法を合わせるための議論を始めるなどというのは本末転倒もはなはだしいものであり、国会議員としての責任を回避するものにほかならない。」(70p)
 著者の論述は、明快だし正鵠をえたものだ。本書の書名もそうだが、よく改憲にたいして護憲という言葉が対置されるが、本当は、憲法を正しく行使するということを措定すべきだと思う。「憲法は単なる理念ではなく、実行するものだ」と、沖縄の公聴会での公述人で弁護士の新垣勉の発言を、著者は紹介している(103P)。そして、著者は、「憲法に関する立法不作為を言うのであれば、まず憲法九条を具体化するための平和外交基本法とか、東アジア非核地帯推進法、経済の非軍事化基本法などこそ制定されるべきであった。」(149P)と述べている。そのことに、わたしも異論はない。
 昨年の十一月に衆議院憲法調査会の「中間報告書」が、衆議院議長宛に提出された。今国会では、昨年から引き続いて「有事関連三法案」の審議が国会で行なわれている。他の条項をたてに憲法が現実に適合しなくなったといって、実は九条の足枷をどうにかしようという動きや声高に有事といって危機感をあおり九条を空洞化しようとする動きは一体のものだということを、本書は具体的に報告しているといっていい。

(『図書新聞』03.5.17号)

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