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2006年5月 1日 (月)

バーマン-アサド 著(有川ひふみ他訳)『ソ連はなぜ崩壊したのか―英雄的たたかいと苦い敗北』(スペース伽耶刊・03.1.15)

 ソ連が崩壊して十年が経過した。ベルリンの壁が無くなり、東欧は、西側がいうところの〈民主化〉がなされた。だが、その後の十年で冷戦以後の世界は、どう変容したといえるのだろうか。ソ連や東欧の社会主義政権の瓦解は、資本主義の勝利、社会主義の敗北といったイデオロギー的な捉え方で事足りたわけではない。当時、ソ連共産党政権の崩壊といった一連の事象に、困惑し迷走した左翼潮流は擬制的なマルクス主義の亜流たちにすぎない。六〇年安保闘争を主導した諸党派は、明確に、ソ連スターリン主義政権と日本共産党に訣別したし、その後の新左翼運動も、なんらソ連や東欧諸国のスターリン国家群の動向に影響されていたわけではなかった。すくなくとも、わたし(たち)は、擬制的なマルクス主義(スターリン主義)の破産は認めても、マルクスの理念や思想は依然有効だと思っていたはずだ。これはすでに言い古されたことだが、マルクスの理念とマルクス主義というイデオロギーはイコールではない。
 さて、本書では、著者の履歴や、著者が所属しているだろう運動体あるいは研究母体を明らかにしていないので、推察の域をでないが、「まえがき」のなかで献辞している「革命的な指導を行なったガス・ホール同志」がアメリカ共産党議長だということが本文を読んでわかった。著者バーマン・アサドは、何らかのかたちでアメリカ共産党(実をいえば、わたしは、存在自体知らなかった)に関わっているのだろうと思える。
 書名から喚起されるイメージで、本書に入っていくと、ある意味、難渋することになる。一九一七年十月革命を最大限評価しそこから始まった共産主義革命の道程を、丹念に検証するというのが、本書の骨子だといってもいいからだ。著者は、「まえがき」で次のように述べている。
 「十月社会主義大革命によって開始された社会主義建設の過程は、世界全体に拡大し、一〇〇を超える共産党・労働者党がこれに加わった。ゆえに、その歴史的成果と欠陥についての評価は、それらのすべての諸党・諸国民―とりわけソ連邦とソ連邦人民―の経験をとりまとめ、検討し、分析としてまとめないかぎり、包括的に行なうことは不可能である。」
 著者のこのような視点が、極めて強固に貫かれながら展開されている本書を、果たしてどう評価すべきか、正直なところ逡巡する思いだ。
 具体的に言ってみよう。
 著者は、まず綿密な経済的数値を挙げながら、例証していく。十月革命時のソ連は、欧米諸国に較べてはるかに劣化した経済状況だったという。そもそも、マルクスたちが予見した社会は、資本主義社会が一定段階に達した時、様々な矛盾が露呈し、そこで始めて、社会主義革命の端緒が開かれるというものだった。しかし、ロシア革命にしても、その後の社会主義政権の誕生した国家群も、いわば後進地域といっていい。著者は、このソ連(ロシア)の後進性からの脱却を優先せざるをえなかったことが、社会主義社会建設の困難さを抱え持ってしまったと指摘する。スターリンの主導による「急速な工業化」は忌避できないものだったとうのが、著者の考えだ。そして、ソ連の急速な発展が、欧米帝国主義群にとって脅威となり、軍事的、経済的、反共産主義包囲網ができたことによって、どうしても対抗上軍事的拡大路線をソ連はとらざるをえなかったという。果たして、そうだろうか。欧米の資本主義国家群を帝国主義と断じるなら、例え社会主義という衣を身に纏っていたとしてもソ連もやはり帝国主義だといわざるえないのでないか。対抗上軍拡をせざるをえないとしても、軍事とはすべて覇権主義という権力性の表象だといっていい。
 著者はいう。もともと経済的基盤が脆弱だったところに、成長途上で過剰な軍拡のため経済がだんだん立ち行かなくなったことが、ソ連崩壊の第一段階だったと。そしてもうひとつの要因として、「急速な工業化」を推進するため、国家体制を途上の状態で確立してしまったことを挙げている。「全人民の国家」という、党や階級概念のプロレタリア性を否定する政府を上位とする国家性の考え方が官僚制の瀰漫をはびこらせ、政治システムの退行化が始まったと著者は分析してみせる。
 ある意味、精緻さをもったソ連崩壊劇の解析だと思う。だが、どうしてもわたしは、素直に納得するわけにはいかない。ソ連における過度期国家性、過度期権力の問題が、いわば、スターリン主義として立ち上がってきたことを留保していると思えるからである。スターリン主義はファシズムと同じように普遍的な超克すべき課題だと、誰でもが考えることだと、わたしは思っていたのだが。本書の著者は、そこには重点を置かずに、崩壊劇の無念さを強調している。

(『図書新聞』03.4.5号)

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