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2006年4月27日 (木)

「劇画という根拠―佐藤まさあき考」

 また、「劇画」という言葉にまつわる作家が亡くなった。どうしたことだろう。本誌の「桜井昌一追悼号」に「わが戦友」と題した長めの追悼文を寄せていたばかりではないか。なにか「死」というものの非情さを感じないわけにはいかない。いささか、漫画・劇画の世界を逸脱して思いを敷衍すれば、かつて、戦後詩に新たな表現性をもたらした「荒地」派の詩人たちが、相前後して亡くなっていった時の、喪失感に似ている。もちろん、世代的には、「劇画工房」世代は、一回りほど年少とはいえ、亡くなった時の年齢が、「荒地」派の詩人たちと、きしくも近似していることも、わたしが、こだわる根拠でもある。
 もうひとつの根拠は、やはり、「戦後」という問題だ。
 佐藤まさあきの著書『「劇画の星」をめざして』のなかで、「父は空襲で直撃弾を受けて死亡し、母はまたそのとき受けた火傷の後遺症で」、中学二年の時に急死したと記述されている。昭和十二年生まれの佐藤が、「戦争」を体験した事実には変わりはない。両親の「死」という苛酷な体験によってである。その著書のなかで、義兄との軋轢や戦後の困窮した生活にたいする様々な思いが、自分の作品に復讐譚が多い理由だということを、率直に述べていた。だから、佐藤にあって、「劇画」という根拠は、ひとえに「戦後」という問題なのだと、いっていいはずだ。
 ハードボイルドという言葉が、日本語的イメージに換言される時、例えば、昭和三十年代の日活アクション映画群が放った世界と同義のように語られるとしたら、大きな錯誤を生むことになる。だからといって、わたしは佐藤まさあきが描出するハードボイルド劇画世界を長年にわたって理解してきたなどというつもりはない。後年、チャンドラーの一連の小説に接して、ハードボイルドというものを、自分なりに捉えられるようになった時、映画に例えるなら、日活よりも、東映の股旅作品やヤクザ映画群の世界に近いことに気づいただけなのだ。そこに漂う世界は、いうなれば、抑制された憤怒であり、抜き差しならない関係性からの離反である。そのことにわたしが魅了されたことは確かだ。むろん、佐藤まさあき作品にたいする理解の仕方をそのことへ押しとどめたいわけではない。
 しかし、わたしのあまり正鵠を得ない思い込みは、あの独特のきつい目線をもつ主人公像は、佐藤の「戦後体験」のすべてを象徴させているに違いないといってみたくなるのだ。

(『貸本マンガ史研究・15号』04.8)
 

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